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坂田藤十郎には、屋号がなかったそうです。
それを今回の襲名を機に京都にちなんで屋号を「山城屋」としたとの事です。

元々、河原乞食と言われていた歌舞伎役者には屋号などありません。
しかし、歌舞伎人気が盛んになるにつれて、お上も歌舞伎役者たちを軽く扱えなくなり、表通りへ住まいを構えることを許したのですが、表通りに住まいを構えることが出来たのは商人だけであったため、歌舞伎役者も商いを始め屋号を持つようになったところから来ているらしいです。
三代目藤十郎が健在な頃に屋号をつけていれば、どんな屋号になったのでしょうかねぇ。

四代目藤十郎さんは、昔から上方歌舞伎の大名跡である"坂田藤十郎"を継ぎたかったそうで、その事を父である二代目中村鴈治郎さんに言った所、おじいさんの真似をするのか?と言われたそうです。
勿論、四代目藤十郎さんは、祖父がそんなことを思っていたなどとは知らず、単に自分の"あこがれ"であった初代坂田藤十郎の名を継ぎたかっただけでした。

初代鴈治郎さんは、口に出して藤十郎を継ぎたいと言ったわけではないそうですが、自分の芝居を藤十郎と評されたことがあり、そのことがものすごく嬉しかったらしく、その時の顔を見ていると藤十郎を継ぎたいと思っていたのではないだろうか・・・ということらしいです。

しかし、襲名してすぐにこんなことを書くのもなんですが、四代目の後はどうなるんでしょうね。
翫雀さんは鴈治郎を継いで成駒屋を盛り立てていかなくてはなりませんし、藤十郎という大きな名を継ぐとなれば上方歌舞伎の流れを汲む役者さんでなければなりません。
上方歌舞伎が衰退していたとは言え、もう何人か上方にも看板になる大きな役者が欲しいですねぇ。

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テーマ:歌舞伎 - ジャンル:学問・文化・芸術


















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